本社の部長から呼び出された。
店の図面と従業員の写真を持って本社へ来いという。 俺は、鏡ヶ里という地方都市にある、大手資本傘下のスーパーマーケットの店長をしている。 「今度、小野寺新一氏が3ヶ月間、鏡ヶ里店の店長になることになった。 知ってのとおり新一氏は社長の御令息で、将来は社長になる人物だ。 現場を肌で体験する必要があるのだ。 君は副店長として新一氏を補佐し、実質的に店をきりもりして欲しい。 なに、格下げでは断じてない。待遇は今のままだ。 無事に3ヶ月を過ごせたら、栄転もあり得る。 鏡ヶ里は、社長が戦時疎開で幼少時を過ごしたところで、特別な意味がある。 社長直々の命令だ。逆らうことはできんよ。 ところで、店の図面は持ってきているね。」 と部長は一気に言った。 俺は図面を広げた。 「店長室はないのだね。」 「はい、ワンフロアの事務室に店長の机があるだけです。」 「それはまずい。新一氏には専用の店長室が必要だ。 専用トイレ、シャワー室、応接セットを置く必要がある。」 「そんなスペースはありません。」 部長は図面を指さして言った。 「ここの従業員の更衣室と休養室と仮眠室をつぶせばいい。 新一氏は一流品でないと承知しない方だから、机も、椅子も、じゅうたんも最高級品を揃える必要がある。パソコンも最新の一番高性能なもので、インターネット用の高速専用回線を引く必要がある。 そのほかテレビや冷蔵庫やオーディオセットも必要だ。」 俺はあきれて、反発した。 「客用のトイレや駐車場の改修をお願いしても、予算がないからと断られているのに、そんな余計な出費が許されるのですか。」 「君も管理職だし、もう若くはないんだから、余計な反発はしない方がいいね。」 と言って部長はいやらしい笑い顔をした。 「従業員の写真は持ってきたろうね。」 俺は写真を出した。 部長は写真をながめて言った。 「ああ、この3名は解雇するように。 新一氏は不細工な女が大嫌いだからね。」 「次に、これは一番重要なことだが、新一氏の在任中に売り上げが落ちたら大変なことになる。 連日採算無視の大バーゲンをやって欲しい。」 「そんなことしたら収益がひどく悪化しますが。」 「決算は9ヶ月後だ。残りの6ヶ月で挽回すればいい。」 そんなことは不可能だ。赤字決算となるに決まっている。そしてそれは俺の責任になるのだ。 俺は退職を決意した。 こんな会社に将来があろうはずがない。 こんなこともあろうかと、以前から密かに私物化していた顧客情報などの企業秘密を手土産に、ライバル会社へ転職しようと思う。 スポンサーサイト
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